2005年06月25日

彼と同じ風 その2


    彼と同じ風                            
           片岡 永

知らぬ間に夏が過ぎ、秋が行き、気が付いたら春になろうとしていた。明日香は幼稚園の卒園を間近にし、前歯が二本生え替わった。
 どんなに母が辛くても、日毎に成長する子供が頼もしいかった。泣いても泣いても涙は尽きず、ため息をついては過ごす毎日だった。ベランダの洗濯機の渦を見つめていたある日、沈丁花の香りが鼻先に漂っているのに気づいた。誘われるようにして庭に出てみた。庭には彼の乗っていたオートバイがカバーをかぶせて置いてあった。沈丁花はその横で香っていた。春の陽が眩しかった。多美子は目を閉じて息を飲み込んだ。植物たちの芽吹く匂いがした。今まで感じたことのない生きる力のある匂いだった。多美子は、カバーの上からそっとオートバイに触れてみた。冷たいナイロンの下に、押し返すシートの感触があった。思い切ってそのカバーを取った。XL250のヘッドライトとミラーは割れ、ハンドルは内側に曲がって、フロントフォークと前輪はねじれていた。チェーンや、倒れた時に擦ってへこんだタンクは錆びていた。多美子はそのXL250を、じっと見ていられる自分に気がついた。心の中に占める彼の思い出に、悲しみとは違う見方で相対していられる自分に始めて出会った。まだ明日香の生まれる前、彼の後ろに乗ってよくツーリングに出かけた。楽しかった思い出より、雨にあったり、お尻が痛くてたまらなかったり、寒さに震えたような辛いことばかりが思い出された。
 突然、私もオートバイに乗ってみたいと思い立った。彼の好きだったオートバイに私も乗ってみたい。彼が感じていたと同じ風を私も味わってみたい。何故彼はオートバイが好きだったのか、何が彼を虜にしたのか、自分の体で感じてみたくなった。

By myfont @ 02:58 PM | 彼と同じ風 | コメント (0) | トラックバック (0)

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