2006年10月27日

ふるさと長崎の奥深い魅力


   ふるさと長崎の奥深い魅力                  
永香自然農園 小串広見



 長崎は自分の足で歩いてまわった時に、最も魅力が伝わる街だと思う。街のつくりも人々の生活も、「歩き」に適したものになっているからだ。平地が少なく、山がちな地形は坂や階段が多い。 入り組んだ路地に建物が密接して建つ町並みは、車で回ると不便さばかりが際立つ。

 ところがいざ車を降りて歩き出すと、町はとたんにいきいきと活気を帯び始めるのだ。

 長崎市一番の繁華街、浜の町。中心部のアーケードでは、ドラッグストアと百円ショップが多く目に付くけれど、アーケードから1本裏道に入ると、そこには昔ながらの長崎らしい佇まいが残されている。迷路のような細い路地には、アンティークショップに小さなビストロ、食器屋、模型店、セレクトショップ、喫茶店etc...小粒ながらきらりと光る個性的なお店達。有名ブランドには興味ないが、自分だけのお気に入りを見つけたい!という方には、宝箱のような街なのだ。

 その長崎で、今「さるく博」なるものが開催されている。 博覧会といっても、パビリオンの類が一切ない。 長崎の名所旧跡、モニュメントや景勝地をテーマ別に辿る、 ウォークラリー形式の博覧会で、日本初とのこと。 町全体が博物館といってもいい長崎ならではの発想! すでにある施設を利用し、コースの案内は、「長崎検定」 にパスした精鋭のさるくガイドさん達がボランティアで行っているため、これまでの博覧会に比べごく少ない経費でまかなうことができる。

 よく考えたもんだと、発案者の一人で「さるく博」の名付け親でもある伊藤一長市長を、今回はじめて見直した。 「さるく」とは長崎弁で「うろうろする、歩き回る」の意。 まさにこの博覧会にぴったりのネーミングである。さるく博については下記のURLで詳しく紹介されている。 →http://www.sarukuhaku.com/

 鎖国時代の華やかな南蛮交易の歴史に始まり、坂本竜馬が活躍した維新期を経て、近世では原爆投下という悲惨な歴史によって歴史に名を刻むことになった長崎。これほどに明と暗両極端の歴史を持つ街も珍しいと思うが、特異性からその歴史にばかり目がいきがちなのは仕方のないことなのかもしれない。しかし長崎には、歴史と同じくらい魅力的なものがたくさんあるのだ。

水揚げされる魚種の多さは日本一を誇ることからもわかるように、豊かな海の幸は長崎県人が真っ先にあげるふるさとの魅力であるし、大海原に沈む夕陽を眺めながら海外線を走るドライブの楽しさも、三方を海に囲まれ入り組んだ海岸線を持つ長崎だからこそである。他都市では食べることができない美味しいチャンポン、皿うどんの味は長崎人のDNAに深く刻み込まれている。

また長崎は、美人が多い町として知られる。鎖国時代長崎に多く住んでいた外国人との間で混血が進んだせい、という説もあるが定かではない。しかし、他県の方の多くは長崎の美人率(?)の高さを賞賛するから、別ぴんさんが多いことは確かなようである。

基幹産業の観光が低迷気味のふるさと長崎。さるく博の経験を生かして新しい視点で長崎の魅力を紹介していくことができれば、再び元気を取り戻すに違いない。写真上:永さんと私。長崎の平和公園にて。

2006年10月23日

偶然が必然に変わるとき


   偶然が必然に変わるとき                  
永香自然農園 小串広見



  今週の土曜日から日曜にかけて、大阪に住む永さんの遠縁にあたる中村武夫さんが福岡でのレジャーゴルフのついでに我が家に立ち寄ってくれた。

 永さんの母上と武夫さんがいとこ同士ということで、 永さんが子供の頃は家族ぐるみの濃い付き合いがありとても可愛がってもらったと言う。

 その後早くに家を出た永さんと、大阪に越した武夫さん一家との付き合いは、折々に消息を知らせる便りと冠婚葬祭で顔を合わす程度になっていたらしいが、なんのきっかけかこうして再び行き来できるようになるのは嬉しいことである。

 途切れていた交流が復活する時や思わぬ再会があった時には、 いくつかの偶然が重なりあった結果の必然となって起こる場合が多い。 それが”縁”というものではないかと、私は思う。

今回の永さんと武夫さんの再会も、 永さんが脱サラして農業を始めたことや、武夫さんが引退して時間に余裕ができたこと、そして武夫さんが農業に少なからぬ関心を持っていたこと、私達が住む近くに用事ができたことなどが必然を引き起こす要素になった。
何より昔の温かい交流をお互い忘れないでいたことと、 永さんが毎年欠かさず賀状代わりの農園通信を武夫さんに送っていたことが、今回の再会につながったのだろう。

こうしてみると,縁を引き寄せるのも遠ざけるのもその人次第なんだなぁ、という気がする。友人だけでなく親戚や親兄弟にも不義理し続けてきた私は、今になってそのことを痛いほど感じている。
ゆっくり話をするのは十数年ぶり、という二人。 かつては兄とも慕っていた人である。 空白の時間を埋めるのにそれほど時間はかからなかった。 最初は敬語で話していた永さんも、 酔いが回る頃にはすっかりリラックスした関西弁になり、懐かしい昔話に花を咲かせていた。

最後に、今回の武夫さんの訪問に強い縁を感じたエピソードを一つ。
武夫さんの訪問中、大変珍しい人から私の携帯宛に電話があった。 マイフォントの開発元であるテクノアドバンスの社長で永さんの実兄、 片岡正さんからである。 正さんから私の携帯に電話がかかってきたのは初めてで、 あまりのタイミングの良さに三人とも嬉しい驚きの声を上げた。

懐かしい人の声に笑顔満開の武夫さんを見ながら、 こういうこともあるんだね、と永さんと二人顔を見合わせた次第。

写真上:永さんと中村武夫さん。写真下:武夫さん持参の美味しい関西土産。小倉山荘のせんべい、神宗の佃煮に、かろうじて1個残った蓬莱の豚まん。どれも大変美味しかった。ごちそうさまでした。

2006年10月22日

「農業ほど素敵な商売はない」


   「農業ほど素敵な商売はない」                  
永香自然農園 小串広見



  今日はとても良い出会いを果たすことができた意義深い日だった。
永さんが農業関係のサイトを通じて知り合いになった高瀬さんが、初めて農園に手伝いに来てくれたのだ。

 農業や田舎暮らしに興味を持つ人は実は結構多い。これは私の夫が新規就農者であり、自らも新規就農希望者を研修生として受け入れてきた経験から得た実感である。
私の周りでも、将来の夢として「自給自足の生活」 を挙げるサラリーマンが少なからずいる。あと一歩を踏み出す勇気があれば、その夢を叶える ことができるのかもしれないが、現実は厳しい。 高瀬さんのように実際に農業の現場に飛び込む勇気のある人はごくわずかである。

非常に明朗、しかも聡明な彼女のことだから、 農業以外の仕事に於いても高い能力を発揮するであろうことは想像に難くない。それでも、彼女のように有能な若者にこそ農業に携わって欲しいと切に願う。

食料自給率改善に待ったなしの現在。スーパーに並ぶ外国の名前が産地として記載された野菜や肉に、今消費者が危機感を持たねば近い将来大変なことになるだろう。
石油や車、パソコンがなくたって生きていけるけれど、おまんまが食えなくては私達はいっときも生きられないのだ。職業に貴賎なしとはいうものの、人間の命をつなぐという意味で農業は最も基本的な仕事という気がしている。

しかも、農業は楽しい。「農業(慣行農法は除く)ほど楽しい職業はない」 とは永さんの口癖。食えさえすりゃぁ、という但し書きはつくものの、 それは週1回畑に出るようになった私の実感でもある。
自然に囲まれた中で好きな野菜を作り、人間関係のストレスとも無縁。こんな理想的な職場はそうそうないんじゃなかろうか。

高瀬さんが農園での研修を通じて、農業の楽しさと 無限に広がる可能性を感じてくれればこれほど嬉しいことはない。

写真上:ニンニク畑を耕す高瀬さん。写真下:かぼす畑で枯れ枝を燃やす永さん。穏やかな秋の一日。

2006年10月18日

梅雨の晴れ間に


   梅雨の晴れ間に                  
永香自然農園 小串広見

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  今日は神奈川県藤沢市の福嶋薫さんが農園に遊びに来て下さった。
 娘さん御夫婦が当地福岡へ転勤されたとのことで、遊びに来たついでに婿殿とお孫さんを連れての農園見学と相成った。
 福嶋さんとは、以前Y!オークションでかぼちゃのシフォンケーキをお買い上げ頂いて以来のご縁で、お会いするのは今日が初めてである。

遠く離れた土地に住む、顔も知らない人間同士がインターネットを通じて縁を結び、あまつさえこうして訪ねて来てくれる。普段は意識することもなく、当然のように享受しているインターネットの有り難味を再認識するのはこういう素晴らしい出会いがあった時である。

本日はかぼちゃのスフレチーズケーキを1台お買い上げ。おまけとして農園自慢の完全無農薬栽培のアスパラを差し上げたら、「なんて立派なアスパラ!」と大変喜んで頂いた。

福嶋さんは、オフィス家具の輸入代理店のお仕事で頻繁にオーストリアに行かれるとのことで、まだ日本では希少なオーストリア産白ワインと、素敵なホテルザッハーの料理本(英語)を手土産に頂き、そのお心遣いに大変感激した。

九大助教授として教鞭を取られているという娘さんは、残念ながら仕事の都合で来られなかったが、お孫さんのためにも安全な食材探しに余念がない福嶋さんご一家とは、今後も交流を深めていきたいと思う。製造者(生産者)にとって消費者の意見が何より貴重であることは言うまでもないからだ。

もうひとつの農園自慢の一品、秋から始まるねぎの季節の再会を約束し、彼らの車を見送った。